感謝を保つ
レビ記23:9-21
本日は2017年度初穂刈り入れ節です。上半期を無事に過ごして、下半期の初穂を捧げる日です。「数えて見よ、神様の祝福を、数えて見よ、神様の祝福を」と言う讃美歌があります。
イエスラエル民たちに430年の奴隷生活から解放し、40年の荒野からカナンの地、約束の地に導いて下さった神様の恵みを覚えて、神様はカナンの地で収穫した初穂を捧げることを代代にわたって守るべきであると言われています。
14節「この献げ物をあなたたちの神にささげるその日までは、あなたたちはパン、炒り麦、あるいはひき割り麦を食べてはならない。これはあなたたちがどこに住もうとも、代々にわたって守るべき不変の定めである。」
しかし、イスラエル民にとっては大変厳しい命令でした。
ここを見ますと「代々にわたって守るべき不変の定めである。」となっています。彼らはこの律法を聞いた時には負担を感じる話でした。最初は彼らは荒野での生活に比べる感謝であって代代にわたって捧げることは問題にならないと思いました。
しかし、彼らは神の恵み、神の導きに対して忘れて行くのです。
最初の年の収穫と気持ちが違って来たのです。
感謝を忘れると神様の祝福を経験することが出来ません。
環境は過去も今も変わりがなくても救いの感激、救いの感謝があればすべては変わって行くのです。
主イエス共に行くことはどんな環境でも感謝が出来ます。
救われた人の生き方、信仰の初穂でもありましょう。
なぜ、神様は初穂の捧げものを代代にわたって守るようにと言われたのでしょうか。それはそもそも救われたことを忘れないためであります。救われた感謝を守る人は苦しい時にも感謝、迫害の中でも感謝です。私たちはこの素晴らしい秘密に目が開かれるように祈り求めて行こうではありませんか。
初穂を捧げることは自分自身のすべてを捧げることと同じです。世の感謝は条件的でです。