今日の本文の23節には、驚くべき出来事が記されている。
もし私たちのような者がそのような奇跡を起こすことができるなら、おそらくこの世の山々はすべて海に沈んでしまうだろう。 したがって、私たちはこのようない祈りをしてはならない。
ここでは単に、信仰というものの偉大さを象徴的に表現するために例を挙げて記したものであり、私たちはこのような祈りをしてはならないのである。 このような祈りをすれば、神の秩序を破壊することになる。白頭山がソウルへ、漢拏山が釜山へ、南山が平壌へ――このようなことは、神の秩序を破壊する祈りである。
つまり、ここで言いたいことは、このように途方もない問題、泰山を動かすような不可能なこと、困難な問題、私たちから見れば到底不可能で、困難な問題があったとしても、信仰の祈り、信仰という神の道具を使えば成し遂げることができるということを説明している部分である。したがって、信仰を使えば成功できるということだ。今日この時、私たちもこの信仰を受け入れ、人生の成功を経験する信仰者となりますよう、祝福します。
1. 燃えるような願いを持つ信仰
23節を見てみましょう。 「はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。」
1984年のロサンゼルスオリンピックでレスリングの金メダルを獲得したキム・ウォンギ選手です。この選手が金メダリストになるとは、誰も予想していなかったそうです。 他の人から見れば、運が良かったのだ。偶然の産物だったと
言うかもしれない。しかし、キム・ウォンギ選手は中学生の頃から、オリンピックに出場して金メダルを獲得したいという燃えるような願いを持って訓練に励んだという。さらに彼は、クリスチャンとして信仰によって神の力を頼りにした。 その神の力を借りて、予想を覆し、誰も全く期待していなかった金メダルを獲得したのだ。彼は最後の試合で金メダルが確定すると、その場でひれ伏して神に感謝の祈りを捧げたことが有名にもなった。事業であれ、商売であれ、学生であれ、会社員であれ、運動選手であれ、このように燃えるような願い、 燃えるような目標を持たなければなりません。