フィリピ 2:12-18 わたしと一緒に喜びなさい
パウロはフィリピ教会の聖徒たちに、前半でイエスの謙遜を説明した後、謙遜によって一つとなり、教会の一致を成し遂げるよう勧めています。そのためには訓練が必要であり、その訓練を具体的に説明する部分です。すなわち、救いの質を高めるための訓練を勧めているのです。まず第一に、従順の質を高める訓練として14節を見てください。「何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい」。パウロは前の部分である12節で「いる時もよくしたが、いない時もよくせよ」と勧めています。
パウロがその教会に不在であったことがわかります。すべてのことを不平や理屈を言わずに行いなさい。これはいる時もよく行っていたことではないでしょう。パウロがそばにいたから無理にできたのかもしれません。韓国は特に威信や見栄が強い民族です。
教会内にも見栄のためにする仕事が多いのではないでしょうか。
仕方なくしているのだ。他人が見れば忠実に見えるかもしれません。実際には純粋な心からしているわけではなく、従順には従うけれども従順の質が低いのです。
私たちが従順の質を高めるためには、すべてのことを「不平や理屈を言わずに行いなさい」と命じています。
子どもたちに掃除をしなさいと言うと、「はい、わかりました。他にやることありませんか?」と言う子どもはほとんどいません。
そのように答える子どもがいるなら、親はきっととても喜ぶでしょう。ですが、ほとんどの子どもたちは、「なんで?私がやらなきゃいけないの?毎日私にだけやらせる?兄も姉もいるのに、私がやらなきゃダメなの?」と言います。テレビを見ている子に「起きてこのゴミを捨てて」と言っても従わない。何度も叫んでやっとやる。やってくれたらありがたい。やりたくなくて無理やりやるその子を見る親の気持ちはどうでしょうか。
クリスチャンとして、神様の御業を不平や言い争いなく行う聖徒となれたら、なんと素晴らしいことでしょうか。
神様の御業も同様です。神様が私たちに語られる時、「はい、 承知いたしました」と応える聖徒がどれほどいるでしょうか。「他に用事はございませんか?」、「他に用事があればおっしゃってください」と応える聖徒がいたら、なんと素晴らしいことでしょうか。