ルカ 10:25-28節 それを実行しなさい
人々はイエス様に質問することもあり、逆にイエス様が人々に質問することもあります。 人々がイエス様に質問する時、知らないから知りたいと思って質問する場合もありました。
マタイ19章16節以下に、「さて、一人の男がイエスに近寄って来て言った。「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。」、 金持ちの青年が来てイエス様に尋ねる場面があります。 この青年は永遠の命を得たいのですが、方法が分からず質問しています。
一般的に学生や社会人は質問を通じて成長すると言われます。つまり良い質問を多くすれば、その人はそれだけ成長すると言われます。 しかし同じ質問でも、正解を知りながら意図的に質問するのは良くありません。 今日の本文はまさにそのような質問の内容です。 本文10章25節を見てみましょう。「すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」
先ほど読んだマタイ19章16節以降の金持ちの青年の質問と全く同じ質問をしています。 「私はどうすれば永遠の命を得られるでしょうか?」同じ質問ですが、青年は知らないから質問するのです。しかし今日の本文の律法教師は、答えを知りながら質問します。知っているのに、なぜ質問するのか?
25節をもう一度見てみましょう。ここには「イエスを試そうとして言った」とあります。 つまり律法教師は自分を知っているが、イエスは知っているのか?ということです。
一般的に学校で先生が試験問題を作成する時、正解を知っている。 今日の本文に登場する律法学者の意図を、イエス様はすでに知っておられたのだ。そのような私たちのイエス様は、質問に対する答えを語るよりも、逆にその人に質問をされる。
26節を見てみましょう。逆に質問すると、その律法教師はよく知っていたのです。彼の答えが27節に出てきます。その人は非常に正確に正解を語っています。
このように答える律法教師に、イエスは称賛を与えます。
ルカ10:27節で「彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」