良い羊飼いとなる我が主
ヨハネによる福音書10:1-16
イエスが「わたしは良い羊飼いである」と言われたとき、その言葉は単なる慰めや平安の宣言ではなく、道に迷った羊たちへの嘆きと怒りが込められた言葉でした。世の中には羊を狙う盗人や強盗が多くいます。彼らは偽りの宗教や歪んだ思想で人々の魂を盗みます。「私が誰であるかは、私が決める」という言葉のように、表向きは自由に見えるが、神の創造の秩序を破壊する世の偽りの声です。
しかしイエスは「私は羊の門である」と宣言し、
ただ御自身だけが救いの道であることを示されました。 良い羊飼いは羊のために命を捨て、羊を深く知り愛しておられます。イエス様は私たち一人ひとりの名を呼び、私たちが誰であるかを教えてくださいます。また「他の囲いにある羊たちも導かねばならない」と、すべての人への愛を示されました。世の無数の声の中でも、真の命へと導くイエス様の御声を聞く者でありたいと願います。私たちは主の羊です。