四旬節第2週 四旬節と節制
ペトロ第一 1:5-7
2019年度の四旬節(レント)に入ります。四旬節は4世紀末ごろに確立された教会節季です。この時期には全キリスト者は再献身を念を押す意味として悔い改めの祈り、断食の祈りなどを行うのです。そして、四旬節の美徳はやはり「節制」でありましょう。キリスト教の節制はキリストの苦難に参加する意味もあります。初代教会は全キリスト者がこの季節が来ると断食を行うのが伝統でした。
古代キリシャ人たちは人間として守るべき4つの徳目がありました。①知識、②勇気、③正義、④節制であります。そして、古代アテネでは青年たちに、①身の程分けまえること、②自分を治める、即ち、節制の美徳を備えることを教えて来ました。哲学者であるプラトンは理性のことを白馬といい、欲望と本能は黒馬と表現しました。理性の白馬が馬車を引っ張れば、人生は崩れないと言いました。
節制は物足りないから節約するのではなく、物はあふれるほどありますが、節約することを節制といいます
使徒24:25節「しかし、パウロが正義や節制や来るべき裁きについて話すと、フェリクスは恐ろしくなり、「今回はこれで帰ってよろしい。また適当な機会に呼び出すことにする」と言った。」,パウロは自分が今囚人の身分でありながらフェリクスに節制について語っています。モテ第二3:3節「しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。」、現代人とては運転は必修であります。そして運転は現代人の生き方を表すこともあります。しかし、普段は大人しい人でも運転をすると荒っぽくなる人もいます。自分は他人に運転を邪魔をする行為をしながら、他人が自分に運転を妨げる人がいると激しく怒ります。ガラテヤ5:23節「柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。」、即ち、節制というのは人間の意志だけでは不可能であることです。コリント第一7:9節「しかし、自分を抑制できなければ結婚しなさい。情欲に身を焦がすよりは、結婚した方がましだからです。」