2016.07.10 「コリントでのパウロの宣教」 使徒 1 8 : 1 - 1 1

武庫川教会 0 792

コリントでのパウロの宣教

使徒18:1-11

まず、1,11節をご覧ください。1その後パウロはアテネを去ってコリントへ行った。」、11節パウロは一年六か月の間ここにとどまってに神の言葉を教えた

パウロによればアテネは偶像の町でありコリントは淫乱の町であると言われていますアテネは政治哲学芸術の中心地でもありますそしてアテネから70kmぐらい離れているコリントは産業貿易の町であるから物質淫乱快楽の町でした

2-3「 ここでポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会ったクラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので最近イタリアから来たのであるパウロはこの二人を訪ね職業が同じであったので彼らの家に住み込んで一緒に仕事をしたその職業はテント造りであった。」、神様はパウロを一人で福音を伝えるようにしないで同僚者として今度はポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラと言う夫婦を与えるのですこの二人はパウロと同じ職業を持った人でした

パウロは安息日ごとに会堂で論じユダヤ人やギリシア人の説得に努めていた。」、パウロの伝道は場所と環境を超えて情熱を持って伝える人でしたパウロにとって職業は食べ生きることより福音を伝えるためであると言う目標のある人でした。5シラスとテモテがマケドニア州からやって来るとパウロは御言葉を語ることに専念しユダヤ人に対してメシアはイエスであると力強く証しした。」パウロはシラスとテモテと出会います二人はパウロが養育した弟子でした

パウロにとっては二人と出会いは本当に励ましとなりました

節後半の部分を見ますと二人が来ることがパウロにとっては力となったことの証拠です。「パウロは御言葉を語ることに専念しユダヤ人に対してメシアはイエスであると力強く証しした」、その当時のユダヤ人たちの姿をしかし彼らが反抗し口汚くののしったのでパウロは服の塵を振り払って言った。「あなたたちの血はあなたたちの頭に降りかかれわたしには責任がない今後わたしは異邦人の方へ行く。」、パウロは本当に心から痛がったと思われる箇所です

私たちがこのような立場であればどうでしょうか

神様を喜ばされる信仰者であるパウロを通してこれから私たちも十字架の背負って行く信仰者になりましょう

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