今日の本文の背景は、パウロとバルナバが第一次伝道旅行をしている最中です。ビシダからアンティオキアに行き、ユダヤ人の会堂に入ってパウロが説教をしたのです。
使徒13:42-43
ただイエス・キリスト
本文の前で言及しましたが、パウロの説教の焦点は明確です。
最初はイスラエルの歴史を簡潔に伝え、出エジプトし荒野を経てカナン地を通ってサウロを初代王として立てました。そしてダビデは神に喜ばれる者であったため王とされたと述べ、ソロモン王の歴史も次の王の歴史もあるが、ダビデまでを語り、それ以上は話さず残りは省略して、すぐにイエスに関する話を始めます。
実際、イスラエルの歴史は結局イエス様のための歴史と言っても過言ではありません。パウロはすぐに続けてイエス様の話を集中的に語ります。パウロはイエス様の話を長くせず、パウロの説教の核心は一つはイエス様の復活の話を集中的に多く語り、旧約聖書を引用しながら復活を繰り返し強調した点にあります。
イスラエルの聖書が最も尊敬するダビデは葬られましたが、私たちのイエス様は葬られてから3日目に復活されました。次に、イエス様を通して罪の赦しを受け、義と認められると説教したのです。結局、パウロが行った説教はイエス様です。
新旧約聖書の主題はイエス様です。すべての説教の核心はイエス様です。私たちのイエス様は復活され、その方は命です。その方は亡くなられる前に十字架を負われた方です。なぜなら、私たちの罪を赦し、その罪を洗い流そうとされたためです。十字架と復活の福音と呼ばれます。十字架の出来事が先である。復活の福音とも呼ばれます。
私たちの主が十字架を負われて終わりなら、それは福音とはならないのです。このように私たちの主が復活されたゆえに、私たちも復活し、永遠の命へと進むのです。その過程の中に、イエスの十字架があり、悔い改めがあり、罪の洗い清めがあります。
パウロはまた会堂にいる人々に、あなた方にもこのようなことが起こりますようにと願い、パウロ一行は会堂の外へ出て行いきます。会堂にいた人々はパウロの説教を聞き心で受け入れ、そして彼らは次の安息日にも引き続きこの言葉を語ってほしいと頼みます。ユダヤ人の会堂には安息日ごとに、私たちの言葉で言えば礼拝がありますが、誰が言葉を伝えるのでしょうか?