2025年11月23日 黙示録11:1-8

武庫川教会 0 215

 

黙示録11:1-8

勝利する教会

1節を見てみましょう。「それから、わたしは杖のような物差しを与えられて、こう告げられた。「立って神の神殿と祭壇とを測り、また、そこで礼拝している者たちを数えよ。」

まず測量を行う内容が記されています。

神殿の測量に関する聖書はエゼキエル書40-47章に記録されています。ここでの測量の意味は所有権を意味します。つまり「私のものだ」ということを強調するのです。神は神殿を測量しながら、これは私のものだとはっきり示される。黙示録で強調されているのは、額に刻印された144千人は私のものだ。私が彼らを守ると言われる。前回の黙示録102節では、右足を海に、左足を地に踏んだ天使が「これは私のものだ」と言った。  ところが11章では、神殿を測量することで「私のもの」と宣言しています。

しかし2節で「異邦人の庭は測量するな」と命じられます。

なぜ?異邦人の庭は測量するなと言われるのでしょうか?

ヨハネは神殿に関して非常に詳しい人物でした。使徒行伝32節で、神殿の美門に座っていた足の不自由な人の癒しの出来事をよく知っています。神殿の美門とは、異邦人の庭から女の庭へ入る入口を意味します。今日の本文では、神殿の四角形の形だけを測量せよと命じられています。

ではなぜ主は測量するなと言われるのでしょうか?それは神殿に入るべき人が皆入ったからです。私たちの主は、ルカ1423節で「わたしの家を満たせ、わたしの宮を満たせ」と語られました。

あらゆる部族、あらゆる民族、神が選ばれた民が皆、神殿に入ったため、もはや測量は必要ないとされています。神殿に入った民が、その中での礼拝を捧げている民が、42か月間踏みにじられるといいます。それにもかかわらず、神殿に入った144千人は神の所有物であるため、保護し守ってくださるというのです。このイメージはコリント教会に向けたパウロの手紙によく表れています。コリント人への手紙第一316節を見てみましょう。「 あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか」。

ここでパウロは、まさに神を信じる聖徒、すなわち私たちが神の神殿であると述べています。

 

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