2026年4月5日 マタイ28:1-7

武庫川教会 0 3

 

2026年度の復活節を迎えました。

今日は、私たちが信じるイエスキリストが死なれたものの、永遠に生きる体をもって再びよみがえられた日を記念する復活祭です。イエスが復活されたことにより、私たちクリスチャンは四つのことを確信し、希望を持ってこの世を祝福にちた生活を送ることができるようになります。

何の希望もなく、成り行きに任せてこの世を生きるというのは、

あまりにも辛く、念な人生でしょう。

しかし、それ以上に、しいものを真実だと信じて生きることは、さらに愚かなことです。だからこそ、確真実なものをしっかりと握りしめて生きなければならないのです。 では、イエスキリストの復活は、人にどのような確信をえてくれるのでしょうか。

第一に、イエスは人間であると同時に、神の子、すなわち神ご自身であることを確信させてくれるということです。

イエスが人間であるという言葉と、人間でありながら同時に神の子であるという言葉とは、天と地ほどの違いがあります。

神と人間の違いは、人間は死ぬが神は死なないということです。

人間は疲れたら眠らなければなりませんが、神は疲れたり眠ったりすることはありません。人はどれほど優れた人であっても過ちを犯す可能性がありますが、神には過ちそのものがありません。

人はえられた環境の中で何事かを成さなければなりませんが、神は奇跡そのものを起こし、望むことを成し遂げることができる

お方なのです。  イエスは神の子、すなわち神ご自身であるからこそ、あれほど多くの奇跡としるしを示されたのです。 

イエスをラビ、すなわち師とみなして、後をついて学ぼうとした人を、弟子と呼びます。

ところが、その弟子たちがイエス様が行われたことを見て言った言葉がマルコ441節「弟子たちは非常に恐れて、「いったい、

この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。」、あの方はいったい誰だというのか。風や波に向かって『風よ、静まれ。海よ、静まれ』と命令を下すなどというのか」と語ったと記録されているのです。まことに復活の喜びを経験して

行こうではありませんか?


 

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