四旬節第三週 成し遂げられた主イエス
本日は四旬節第三週です。
私たちが成し遂げることをうまく行うことは非常に重要なことです。
どんなに始まりが良くても、成し遂げることがうまくいかないと、これまでの努力や業績は評価されません。締めくくりが良くない人々が聖書に登場します。 イスラエルの初代王であったサウル王です。彼は最初の始まりは非常に華やかでした。
しかし終わりが良くなかったため、歴史が存在するその日まで失敗の王として存在することになります。
講義や説教も同様です。どんなに良い内容を上手く伝えたとしても、締めくくりが良くないなら、その演説、講義、説教は失敗です。実際、締めくくりを上手く行うことは、別れ、死、演説、講義だけではありません。 成し遂げることは、私たちが毎日向き合う生活の現場でもあります。一つの職場を終え、別の場所で新たな始まりを迎えます。あるプロジェクトを終え、新たなものを始めることもあります。演劇やスポーツ競技に例えるなら、人生の第一幕が終わったり、あるいは前半戦が終わったりして、別の第二幕、後半戦を始めることもあります。髑髏(どくろ)という意味のゴルゴタへ向かう道です。夜通し徹夜で不当な裁判過程を経て、イエス様はすでに全身傷だらけです。そしてついに十字架を背負って来られる途中で、ついに倒れてしまいます。
兵士たちは過越祭の礼拝のために北アフリカのクレネから来たシモンという巡礼者を指名し、代わりにイエスの十字架を背負わせました。十字架を渡され、よろめきながら道を歩くイエスの後には大勢の群衆がついていました。その中には胸を打ちながら泣く女性たちもいました。主イエスは自分のことより神様の御心を成し遂げられたお方です。主イエスは最後まで美しい神様の御計画を
行いました。私たちも主からいただいた使命を実践して行う信仰
を持って四旬節を歩みませんか?